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戯言をグダグダ語るのも悪くないんじゃne・・・?
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もうすぐ息子の学芸会。
んで。親子で合唱という強制イベントがあるので
それに使うボンボンを作ってるんですが・・・
正直、これ激しく苦手。
終了してしまった学生生活中での文化祭、体育祭などなど、
とにかくボンボン製作には関わらなかった。
今回責任者でもあるので、仕方なく作ってみた、が。
うまく作れない、わけではないようだ。
なぜ今までここまでボンボンを排除してきたのか。
テープをさきながら考えていると
私の中でも暗黒時代である、小学6年のあの頃を思い出した。


私の通っていた小学校では、鼓笛隊というものが存在していた。
(けっこうどこでもあるのね。)
それは基本的には自由参加であり、
私は半強制的に4年生でバトンに参加を義務付けられた。
当時の私は、肥満児であり(今はメタボリックな)
運動も大嫌いであった。趣味は読書。
とにかく本を読みたかった。
そこに、誰の差し金なのかいまだ思い出せないのだが
鼓笛隊のバトンをやれと言われ、とりあえず参加してみたのだ。
しかし、そのとりあえずは甘かった。
先生は厳しく、毎日授業終了後に練習。
根性のない私はすぐに逃げ出した。
いわゆるサボリをするようになった。
しかし、一度参加表明してしまったからには
私の場所も作られたわけで・・・
鼓笛隊で町内を行進するためには、結局練習に出なければならなくなる。
泣き泣き私は4年生の鼓笛隊ライフを暮らしていたわけだ。
しかし、多少の楽しみもあったり。
合同練習などで、見る数々の楽器。
特に中でもベルリラに感動を覚えた私は、それを是非とも鳴らしてみたい!
な~んて、思いながらも幼き私の心にひとつの決意が芽生える。
「やりたくないことは、はじめからやらないでおこう」
その頃から脱兎を覚えていた私であった。
だからもちろん、4年生終了で鼓笛隊の参加をやめた。
そして、5年生になり6年生へ進級。
(この頃には異常なほどに身長が伸び肥満は解消されていた)
そこで事件がおきた・・・
なんとこの年から「6年生鼓笛隊強制参加」決定。
・・・どないやねん。
そして自分のやりたい種目を書けとプリントが配られる。
どうしようもない、私の辛い思い出を胸に、
希望記入は第3まであった。
これならやってもいいだろう、と思うもの。

第1 ベルリラ
第2 小太鼓
第3 (失念したが楽器だったことは確か)

とにかくすべてを楽器にした。
バトンはもう懲り懲りであった。
そして種目決定の連絡。
私は「ボンボン」であった。
あまりにもの驚きに即担任のところに抗議にいった。
担任の言葉はこうであった。
「バトンの練習に出なかったから、希望は聞けない」
練習に出なかったのはおっしゃるとおりだ。
しかしだ。希望を出せと言ったのはそちらではないか。
私はかなり食い下がった。
しかし子供の話など、無視である。
(当時から口は達者であったため担任とは険悪な状況であった)
私は、どうしたか。
ボイコットしたのだ。鼓笛隊は強制になったので練習時間も半強制だ。
時間は授業終了後だったが、私は帰宅。
何度となく、担任からどやされた。
母からも言われた。学校から連絡があったのだろう。
(しかし、母には希望種目の話をした記憶あり。)
それでも私は、学校側で決められた種目「ボンボン」の練習には参加しなかった。
このまま鼓笛隊に不参加でいるつもりであった。
そんなことが2ヶ月ほど続いただろうか。
突然隣のクラスの担任の先生から呼び出された。
この先生、体育会系先生で、鼓笛隊も主に指導していた。
ちなみに呼び出されたのは私だけではなかった。
同じクラスのKちゃん。
彼女こそベルリラの担当になっており、それも大変似合う背の高い優等生である。
呼び出されたのは社会資料室。
そこには他のクラスの女の子が4人ほどいた。
そこで先生の話はこうであった。
・急遽鼓笛隊に新しい種目をくわえることになった。
・フラッグという旗を使うのだが、それを使うには身長が高くないと難しい
要はそのフラッグってやつはでかい旗を振り回すわけです。
で、6年生女子の身長の高い順から6人選抜したってわけ。
しかも旗の大きさを考えて身長は必ず160センチ以上必須。
当時162センチの私は、学校女子身長高さNo2であったわけ。
んで、他の5人の子はそのまま承諾。(みんな素直で優等生だったし~)
私ときたら、なんつー都合のいい話なのかとふてくされて
その場から去ろうとすると、なんと担任が待っていた。
私には悪いことをした、と。お願いだからやってくれ、と言われた。
都合がよすぎる大人の展開に怒りながらも帰宅。
そこで思ったとおり。話は母親まで回っていた。
当時なぜか母のことを信頼していた私。(嘘みたいや~ん)
母の頼みとあれば、と最終的にフラッグをやりとおす。
練習ときたら、教える先生も始めてだからまったりペース。
だから厳しさに打ちひしがれることなく無事鼓笛隊は終了した。
実際は、私の中でも「選ばれて人と違っていることをしている」、という
優越感もあったからカッコつけで練習を乗り切ったのもあるけどね!

「ボンボン」に対する思いは、自分が大人になった今でも
大人の都合で嫌な思いをした子供なりのわがままな心と反抗心が残って
苦手なものに作られてしまったのだろう。
今更ではあるが、私は憎たらしい小学6年生だった。
ただこれだけは今でも言える。その担任とはもう二度と会いたくはない。

ちなみに、ベルリラは当時私の親友がボンボンから移動したというオチ・・・。
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カイセツシヨウ! 2006/11/07 20:12
なにゆえ、4年生の君がバトントワラーであったのか。
それはもっと大人をてこずらせた6年生のバトントワラーが姉だったためだと思われる。
なお、おさがりがもったいなかったと言う大人の理由だったかどうかは定かではない。

6年生の姉は
第1希望 バトン
第2希望 主指揮
第3希望 副指揮
と希望を出して「主指揮が第1だろう…」と先生を困らせたものである。
先生は当然トップスチューデンツである姉に主指揮をさせる予定だった。
そこまでしてバトンを選んだのは姉は卒業したバトンリーダーの先輩にあこがれていたので自分もどうしてもリーダーになりたかったのだ。
なのになれなかった。一番前で躍らせてもらえなかった。
姉はふてくされて仮病を使ってうまい具合に発熱し町内パレードをブッちぎった。姉がブッちぎったせいで急遽、列の変更があったであろうと推測する。
なぜ、バトンリーダーになれなかったかというのはバトンテクニックだけではなく
妹よりも姉のほうがもっとタチが悪い生徒だったからではないかと推し量ることができる。
えばっているいじめっ子であるだけなら先生も妹の時のように保護者に伝えるなど何かしらの対策を練ることが可能だったであろう。
当時の姉はオールAの児童会副会長様だったのだ。

いやぁ、君が苦労したのは実は私のとばっちりじゃないかと。悪かったのん。ほんだでポンポン作るの手伝うよ。作るの得意だし、ポンポンじゃなかったのに校歌ならまだ覚えとるで踊れるで。


おねえ EDIT
Re:カイセツシヨウ! 2006/11/13 13:27
とりあえず、わかったこと!
うちらバカ姉妹だなっ!!!(って今更かい)
つーか、おねえが副指揮やってた覚えがあるんだけど。
あれは記憶違いかなぁ・・・
今回おねえの当時の事実も知ってけっこうビックリ。
私から見てて、なんでもできる優等生だったからさー。
おねえの妹って先生たちに言われて、小学校生活送ったでねぇ。
私の出来が悪いから余計だな!
ぽんぽん職人 2006/11/08 21:19
いやちみがブッキーに作っているから
アニマルブラシでワシが咲いてみたのよ
そしたらものすげぇ細くできるでやがる。
あれだ静電気でとるOAブラシみたいな感じだ
もう別物だよ
で一個作って飽きたな
ぴろん EDIT
Re:ぽんぽん職人 2006/11/13 13:29
あれは裂き方が決まってて、大きさも出来上がりイメージも出来てたのだよ。
正直君が作ったので「小さな親切大きなお世話」状態だぜ。
確かにOAブラシにはピッタリだけどな~!!!
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